大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和40年(オ)834号 判決

上告人

有限会社多々良商事

代理人

野島豊志

本人兼亡鹿子島秀子訴訟承継人

被上告人

鹿子島隆

外九名

代理人

山崎信義

被上告人

印東香

外三名

被上告人

学校法人福岡文化学園

右五名代理人

田中実

被上告人

三井物産株式会社

被上告人

東豊商事株式会社

右二名代理人

水崎幸蔵

右被上告人一七名補助参加人

日東商事株式会社

(清算人)

鹿子島隆

被上告人

日米モータース株式会社

代理人

古川公威

主文

原判決を破棄する。

本件を福岡高等裁判所に差し戻す。

上告代理人野島豊志の上告理由第一点、第二点の(五)および第三点について。

商法二七〇条の規定により取締役の職務の執行を停止しその代行者を選任する仮処分は、民訴法七六〇条のいわゆる仮の地位を定める仮処分の性質を有するものであつて、商法二五八条二項の規定により裁判所が一時取締役の職務を行なう者を選任する裁判とはその性質を異にするものである。そして前示職務執行停止代行者選任の仮処分決定は、その本案判決が確定したときは当然その効力を失うものと解すべきであるが、右仮処分により職務の執行を停止された取締役が辞任し、株主総会の決議によりあらたに後任の取締役が選任された場合、このことのみによつて、直ちに右仮処分決定が失効したり、右代行者の権限が消滅したりするものと解すべきではなく、右後任取締役の選任等により事情の変更があるとして仮処分決定を取り消す判決があつてはじめて右のごとき効果が生ずるものというべきである。けだし、仮処分の後、職務の執行を停止された取締役が辞任し後任の取締役が選任されたときは、右仮処分による職務執行停止はその対象を失い、代行者選任はその必要がなくなつたものというべきであるが、法は、かように事情が変更した場合でも、これを訴訟手続により認定したうえ判決により仮処分決定を取り消すべきものとしており(民訴法七五六条、七四七条)、右取消のない以上、仮処分によつて与えられた代行者の権限が消滅するいわれはないのであつて、本件のような仮処分につきその例外を認めなければならない理由を見出しえないからである。所論商業登記規則(昭和二六年法務府令第一一二号)六一条または商業登記規則(昭和三九年法務省令第二三号)八四条が、その第一項において、取締役等の職務を一時行なう者に関する登記は、取締役等の選任の登記をしたときは、朱抹しなければならない旨規定しながら、取締役の職務の執行停止または職務代行者に関する登記について右と同様の措置を定めなかつたことも、前述のような見解を前提とするものというべきである。

そして、事情変更による取消申立について事実上困難が伴う旨の所論も右例外を認める理由とするに足りず、また所論は、後任取締役の登記の申請を受理しながら、一方でその者に取締役としての権限がないとするならば、不実の登記の存在を認めることになり不当である旨主張するが、右後任取締役の登記の前に仮処分の登記が経由されているのであるから、右後任取締役の権限が取締役代行者の権限と牴触する範囲で制限されていることはおのずから明らかであつて、不実の登記であるとの非難は当たらないというべきである。

原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第二点の(一)ないし(四)、第四点および第五点にいつて。

取締役の職務執行停止代行者選任の仮処分により取締役の職務代行者が選任されている場合には、右職務の執行を停止された取締役が辞任し、その後任の取締役が選任されたとしても、会社の取締役の職務は、原則として職務代行者が行なうべきものであつて、その限度において右後任取締役は職務の執行を制限されるものと解するのが相当である。けだし、前記仮処分が、後任取締役の選任により当然失効するものでないことは前述のとおりであるところ、右仮処分は、職務の執行を停止した当該取締役の職務に関するかぎり、これを職務代行者に行なわせることとしているのであり、後任の取締役は直接右仮処分の名宛人とされた者ではないが、右仮処分の性質上、その効力が及び、したがつて職務代行者の権限を承認せざるをえないものであるからである。そして、もし後任取締役は、仮処分により職務の執行を停止された者でなく、取締役である以上取締役としての権限を行使できるのは当然であるとの見解のもとに、無制限の職務執行を認めるならば、職務代行者の職務執行と競合して、取締役会の決議等につき困難を生ずることを免れないであろう。

しかし、仮処分の後、職務の執行を停止された取締役が辞任し後任の取締役が選任された場合に、もし代表取締役が欠けているときは、これら取締役が構成する取締役会の決議をもつて代表取締役を定めることができると解すべきである。けだし、会社を代表すべき取締役を後任取締役らが定めることは、何ら前記仮処分の趣旨、内容に牴触するものでないばかりでなく、実際上の見地から考えても、かような場合は、職務代行者が代表取締役を定めるよりも後任取締役がその意思によつて定めるべきものとするのが、商法が代表取締役の制度を設けた趣旨に合致することは明白であるからである。

これを本件についてみるに、原審が適法に確定した事実関係のもとにおいては、中山国俊は、右にいう後任取締役の構成する取締役会によつて、適法に補助参加人会社の代表取締役に選任されたものというべきである。すなわち原判決によれば、同会社の前任取締役は仮処分によりその職務の執行を停止され、植田夏樹ほか三名がその職務代行者に選任され、また右植田夏樹が、商法二六一条三項、二五八条二項により一時代表取締役の職務を行なう者に選任されていたが、右前任取締役が辞任し、昭和三一年一二月二四日開催の株主総会において中山国俊ほか三名が取締役に選任され、右中山国俊ほか三名の取締役が同年同月二七日取締役会を開催し、中山国俊および江里口徹男を右会社の代表取締役に選任した(右各就任の登記は昭和三二年一月一二日経由された)というのであるから、中山国俊は有効に代表取締役に選任されたものというべきである。

そして、前述したところによれば、右代表取締役中山国俊は、仮処分の存続中、取締役たる資格においてその職務を執行できない制約を受ける者であるから、代表取締役としての権限も直ちに行使できないものというべく、したがつて同人が補助参加人会社を代表して上告人との間に本件各土地の売買契約を締結したとしても、その効果を生じないものであるが、原判決によれば、前記仮処分申請は昭和三二年一月一四日その申請が取り下げられたというのであるから、その後は、中山国俊において、補助参加人会社を代表して前記売買契約を追認し、あるいはあらたに売買契約を締結することができるといわなければならない。

しかるに原審が、右と見解を異にし、後任取締役中山国俊ほか三名が前記代表取締役を選任した行為は無効であり、代表取締役でない中山国俊によつて、本件仮処分申請の取下後である昭和三二年一月一七日あるいは同年四月二五日に本件売買契約につき追認またはあらたな行為がなされたとしても、その効力がないことは明らかであると判示し、たやすく上告人の本訴請求を排斥したのは違法であることを免れず、この点に関する論旨は理由があるに帰する。

よつて原判決を破棄し、さらに審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すべきものとし、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(草鹿浅之介 城戸芳彦 色川幸太郎 村上朝一)

上告代理人の上告理由

第一点 (代行者の職務権限の消滅の時期)

原審判決は「後任取締役が選任されたことにより仮処分による代行者が当然その職務執行権を喪失するものとは解せられない。けだし仮処分は取消その他一定の事由がなければ効力を失うものではなく、その失効しない限り代行者が職務権限を喪失する謂われはないからである」しかして後任取締役が選任せられた場合は事情変更を理由として仮処分の取消の申請があり、よつてその取消があつてはじめて代行者は職務権限を喪失すると解すべきものであると判示している。これを論理的に構成しなおすと、仮処分は取消その他一定の事由がなければ失効しない。その失効がなければ代行者は職務執行の権限を失わない。しかるに後任取締役の選任があつた場合にその選任は一定事由に該当しない。このような場合は事情変更を理由とする取消申請に基づく取消がなければ仮処分は失効しない。したがつて代行人の職務執行の権限の喪失もない、ということになる。

さて上告人は、この判示中、第一に仮処分の効力喪失の原因として「一定の事由」があるとする点、第二に後任の取締役選任が仮処分の効力喪失、したがつて代行者の職務執行喪失の原因にならないとする点、第三に後任取締役選任があつた場合においては事情変更を理由とする仮処分取消申請による取消があつてはじめて仮処分の失効、したがつて代行者の職務執行の権限喪失があるとなす点の三点につき法律の解釈を誤つたものとなすものである。これら三点につき上告人は次の如く解するものである。

(一) 仮処分の効力消滅事由として法律上一定したものは存しない。わが民事訴訟法上は仮処分に関する規定中において、また同法第七五六条により準用される仮差押に関する規定中においても仮処分が効力を失う場合につき規定を設けているが、これらの明文規定の存する場合に限り、仮処分はその効力を失うものと解することは妥当でない。

仮差押と仮処分は本案訴訟解決までの暫定的保全処置であることにおいては軌を一にするが、仮処分には仮の地位を定める仮処分の如く(民訴法第七六〇条)執行保全とは何等の関係がなく被保全権利に副う暫定的規制を目的とするものもあるのであつて、仮処分命令の内容は被保全利益やその避けんとする危険の多様性に応じて多岐に分かれ仮差押命令のように単一ではあり得ないのである。そこで法律はこの差異に着目して仮処分については民事訴訟法第七五八条において特則を設け、裁判所に仮処分の内容の決定について自由裁量権を与えているのであつて、仮処分の効力の消滅事由については仮処分の種類、目的、仮処分命令の内容趣旨にしたがつて個々の場合により決定すべきものと解する。

(二) 後任取締役の選任は仮処分の効力の消滅事由、したがつて代行者の職務執行の権限の喪失事由である。

代行者選任の仮処分の効力は仮の地位を定める仮処分に関する民事訴訟法の規定と商法の代行者を認める目的趣旨及び代行者選任の仮処分の裁判の内容により決すべきであるがこれらを綜合すると後任取締役選任により代行者は職務権限を失うものと解しなければならない(同旨石井判民昭和八年度四五四頁、吉川保全処分の研究一八七頁、山口民商法雑誌六五頁)。これを詳説すれば

(イ) 民事訴訟法第七五八条には「申立ノ目的ヲ達スルニ必要ナル処分ヲ定ム」とあるが株式会社の取締役職務代行者についていえば代行者を置くに必要な間だけ代行者に職務を執行をさせる処分をすべきであるというにほかならない。すなわち必要がなくなればその職務執行権を失わせる、したがつて代行者選任の効力もこの必要期間内のものとする趣旨と解し得る。

(ロ) 商法第二七〇条一項の趣旨は次のように解し得る。すなわち、特定の取締役の資格の得喪に争いがある場合にその取締役の職務執行が停止せられる結果会社活動に支障を生ずるという非常事態が生じた場合に国家機関たる裁判所が利害関係人の申請により後見的干渉作用として職務代行者を選任することを規定したもので、その趣旨は代行者はどこまでも機関の欠缺という非常事態の存する間の暫定機関に過ぎないから、後任者が選任せられ法律または定款所定の員数の取締役が選任され機関が完備して会社活動に支障がなくなれば早や代者行の必要はなくなつたものであつてその後更に代行者の職務権限を存続せしめなければならない理由は存しない。この点については、原審判決自から「後任取締役が選任されたことにより代行者の存在はもはや必要がなくなつたわけであるから」と認めているが、他の下級審においても「本件仮処分は申立人両名を取締役或いは監査役として選任した株主総会の決議を争う訴訟を本案訴訟とし、その判決確定までの間両名の取締役又は監査役としての職務の執行を停止し、各その職務代行者を選任したものであるから両名が取締役又は監査役たることを前提とすることはいうまでもない。それ故両名がそれぞれ役員を辞任し、その後の総会で新しく取締役又は監査役の選任がなされその就任があつた以上旧取締役及び監査役としての職務を停止することは無意味であり、その職務代行者を置く必要もなくなつたわけである」(昭和三〇年四月二五日東京地裁判決(下級審民集六巻四号八三三頁)となし、同趣旨の判決に昭和三三年四月一〇日の東京高等裁判所の判決(昭和三三年四月一〇日判決、昭和三三年(ネ)第一五八号事件)、昭和二八年一二月一一日東京地裁判決(下級裁民集四巻一二号一八六二頁)等がある。最後の判決は「その地位を主張して職務の執行をすべき係争の権利関係自体消滅し、新に選任された取締役及び監査役においてその任に当るべきものであるから最早前記仮処分を存続するのは不当に帰するものというべき」ものとしているのである。原審判決が後任取締役選任後まで代行者にその職務執行権限を認めていることは、その必要の度を超えも早や不当というより有害となつているのである。この有害というのは二重登記による登記の混乱、したがつて取引上極めて不当な結果を招来している事実をいうがこの点については後に触れる。

(ハ) 仮処分命令の内容についてみると上告人のこの解釈はもつとはつきりする。すなわち仮処分の裁判は会社が被申請人なる場合には「被申請人は申請人よりの株主総会決議無効(又は取消)請求訴訟の本案判決確定に至るまで甲をして取締役たる職務の執行をなさしめてはならない。右期間乙をして右取締役たる職務を代行せしめる」というふうな内容となり、また当該会社機関が被申請人なる場合には直接これらの者に対し職務の執行停止を命ずべきである(前記吉川五二七頁)。これを要するに代行者選任の裁判内容は特定の取締役の資格を争う判決確定まで該取締役の職務の執行を停止し、その期間内代行者に職務の執行権を認めるというのにある。この裁判内容からすれば、職務執行停止を受けた取締役の選任決議を無効とする判決が確定すれば後任取締役の選任がなくとも代行者は職務執行の権限を失うわけであつて、商業登記規則第六二条二項がこの判決確定により代行者の登記を抹消することを定めているのはこの趣旨である。この趣旨からすれば後任者の選任があるまでもなく職務執行停止を受けた取締役が辞任しただけでも代行者はその職務執行の権限を失うものとさえ解される。けだし確定判決はこれら資格を争われた取締役の職務執行が資格がないことの確定であり、その取締役の辞任という事実は代行者存置の関係においては結果は右の判決の確定と同じだからである(山口幸五郎民商法雑誌三八巻三号六五頁)前記昭和三〇年四月二五日の東京地裁判決「本件仮処分決定は、申立人両名を取締役或いは監査役として選任した株主総会の決議の効力を争う訴訟を本案訴訟とし、その判決確定までの間右両名の取締役又は監査役としての職務の執行を停止し、各その職務の代行者を選任したものであるから、両名が取締役又は監査役たることを前提とすることはいうまでもない」としており、同判決の批評者も、仮処分の本案訴訟が取締役又は監査役を選任した株主総会の決議の瑕疵を攻撃するものであるとすればその仮処分はその効力を否定さるべき株主総会の決議の結果が既に存在することを前提とする趣旨の意見を述べている(谷川ジュリスト一五七号七〇頁)。裁判の内容が上述のとおりであるとすれば職務執行停止を受けた者すなわち争われた資格の存続期間代行者をして職務を執行せしめるとするのが仮処分の内容に合致するものであつて、後任者の選任まで代行者の職務執行の権限を認めることさえ仮処分の趣旨を超えたものといい得るのに、後任取締役が選任されて今や代行者の必要さえなくなつて後まで代行者に職務の執行を認めようとすることは仮処分の裁判の内容を著しく逸脱した解釈というべきである。

(ニ) 代行者の職務執行の権限の喪失につき商法第二五八条二項により選任される一時代行者の場合と区別すべき理由がない。同条の代行者は仮処分による職務執行停止に関連してなされるものでなく、他の理由により取締役が法定員数を欠く場合の救済手段であり、非訟事件手続法により行われるものであつて、その職務執行の権限は、後任取締役選任と同時に代行者がこれを喪失するものと解されており、法務局の扱いもこの解釈に従つている。しかるにこの代行者といえども、会社の機関欠缺という非常事態にあつて、会社活動に支障なからしむるための暫定措置として選任される点においては商法第二七〇条一項の代行者制度とその目的を同うしているのである。また仮処分による代行者選任も非訟事件的性質を有することは学説の殆んどが一致して認めるところである。すなわち右二つの処分はその目的及び性質を共通にしているのである。しからばそのような二つの処分につきその効力につき彼是区別することは理由のないことといわなければならない。

(ホ) 商業登記規則第六二条一項からは仮処分による代行者と前記商法第二五八条二項により選任される代行者の間にその職務執行の権限を区別すべしとする解釈は生れてこない。

(三) 仮処分を事情変更を理由とする仮処分取消申請による取消あつてはじめて代行者の職務執行権が失われるものではない。

従来の判例及び学説の主流は後任取締役の選任により代行者はその存置の必要がなくなつたとか、これを存置することが無意味だとか不当に帰するとか、代行者は職務執行停止を受けた取締役が取締役たることを前提とするとか述べながら、しかもなお代行者の職務執行の権限を失わしめるのに、事情変更を理由とする仮処分の取消申請とそれに基づく取消を必要とし、原審判決もこれに追随したものと考えられる。しかし何れの判決においてもまた学説も何故にこのような無駄ともいうべき手続を必要とするかについてその根拠を明確にしているものを上告人は未だ知らない。原審判決も単に「後任取締役が選任されたことにより代行者の存在はもはや必要がなくなつたから、事情の変更を理由として仮処分の取消を申請することは可能であるが」と述べているだけでこの取消申請を必要とする理由には全く触れていない。これが代行者の権限は裁判所が付与するものだからというにあるならば未だもつてその代行者たる地位すなわち権限の当然喪失を否定するに足る理由とはしがたい(前記石井判民昭和八年度四五五頁)。また裁判所が取締役の職務執行停止期間代行者をしてその職務を執行せしめると裁判した以上は取締役の辞任により本案訴訟自体訴の利益を失い、取締役職務執行停止自体停止の対象の消滅と同時に代行者はその資格を喪失すると解するのが理論的であり、取締役が辞任し後任者選任により代行者の職務執行権を喪失せしめることが裁判所の仮処分の裁判の内容そのものであつて(厳密にいえば前記の如く、辞任と同時にとすべきではあるが、)別に取消申請を必要とする根拠は見出し得ない。更にまた仮処分の取消を必要とする説に従うときは、仮処分の取消申請をするについて手続上の実際から困難な問題を生ずる。仮処分の取消甲請は債務者のみが申請し得ることは民事訴訟法第七四七条の規定するところであるが、職務執行停止を受けた取締役たる債務者にこの申請を期待することは通常無理である。けだし株主を取締役の被選任資格としていない現行法の下において退任取締役は会社と利害関係がなくなつた後は、任意に取消申請をしようとはしないであろうし、寧ろ放置し又は取消申請の要請があつても感情的に拒否することが考えられる。

これらの者が海外旅行に出た後は特に然りというべきである。この場合は仮処分を取消す手段がなくなる。このことは会社をも仮処分債務者とした場合も同じことがいえる。けだし仮処分の取消前において後任取締役は代表取締役の選任権がないとするのであるから会社を代表して仮処分取消申請をするに由がないからである。この場合民法の債権者代位権による取消も考えられるが、上告人は本件のような場合は債権者代位による取消は認め得ないものと解する。

けだし債権者代位権は債務者がその権利を行使し得るにかかわらず、これを怠つている場合に債権者がその債権保全のため債務者に代位して当該権利を実現する機能であるが、この場合は株主は債権者に該当しない会社の一般債権者の立場から見れば取消はこれを債権保全とはいいがたいからである。また債務者が任意にこれが取消申請をなす場合でも従来下級審に現われた例を見るとその手続に数月を要している。すなわち、前記昭和二八年三月一日の東京地裁の判決が二月余、同三〇年四月二五日の同地裁のそれが四月余、同三三年四月一〇日の東京高裁のそれが七月余を要している。近時のわが国訴訟手続遅延の現状に鑑み不思議ではないが、このような長期間後任取締役の職務の執行を停止し、常務のみの執行を認められている代行者に職務執行権を認めることが妥当な解釈でないことは多言を要しないところである。近時このような不当な結果を緩和すべく、このような仮処分取消申請に対しきわめて簡単に取消裁判をしている裁判所があるようであるが、しからばこのような無用な手続を必要とする解釈そのものが不当且つ無意味というほかない。

第二点(後任取締役の職職務執行の権限の始期)

原審判決は「仮処分の存続する限り取締役の職務は代行者において専らこれを執行すべきであつて……後任取締役がこれを執行することはできない」と判示している。この原審判決の解釈は法律の解釈を誤つたものである。

この上告理由第二点は上告理由第一点の判示の結果としてそれと一体をなすものとして上告理由第一点の中に含めて論ずるのが適当であるかもしれないが代行者の資格と後任取締役の資格の併存を認める解釈もあるので、原審の前記判示を独立の上告理由として扱うこととした。さて右の判示が如何なる理由により法律の解釈を誤つたものであるかを具体的に論証する。

(一) 前記昭和八年六月三〇日の大審院判決は謂わゆる旧商法時代のものであつて当時取締役は各自会社の代表権があり、且つ取締役の職務代行者は取締役が有すると同一の職務執行の権限を有するものとされていたのであるが、新法においては、代行者の職務執行の権限は常務に限られることとなり(商法二七一条)、また旧法においては各取締役は各自会社の代表権を有していたが、新法においては取締役は取締役会を構成して取締役会で代表取締役を選任することを要するものとされ(同二六一条一項)、会社の代表権は特別の規定ある場合を除き専ら代表取締役がこれを行使することとなつたのである。旧商法時代の解釈としても、前記の昭和八年の大審院判決及びこれを追随する原審判決の解釈が、実体法たる商法の取締役の権限に関する規定に違反し商業登記の混乱を招く等の不当のものであつたが、前記の商法の改正や商法第四八六条の取締役に対する罰則の強化、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の制定による会社役員の兼任制限等の規定が設けられるに及びこれらの規定の適用等とも関連して判示の如き解釈はますますその不当性を暴露するに至つたのである。これらの詳細について以下に明らかにする。

(二) 商法第四章株式会社編第二款の取締役及び取締役会に関する規定において第二七〇条を除いては取締役の職務権限を総括的に制限する規定が存しない。

わが商法はその第二五四条の二において、取締役は法令及び定款の定並びに総会の決議を遵守し会社のため忠実にその職務を遂行するものと定めているが、この職務遂行の義務は同法第五八条一項の規定からみてその権利でもある。ところでこの職務執行の権利義務の発生の始期については商法は直接に規定を設けていないが、会社と取締役との関係は委任に関する規定に従うと定めているので(第二五四条三項)、取締役が会社に対し職務執行の権利を取得し義務を負うに至る始期は民法第二章第十節の委任の規定により決せられることになる。民法上委任は委託者と相手方の承諾によりその効力を生ずるものと規定されているから(民法第六四三条)、委任契約中において特別の定めがない限り受任者は委任と同時に委任事務処理の権利義務を有するに至るものである。しからば取締役の職務執行の権利義務も株主総会の決議とその承諾により(この承諾が必要でないとする有力説があるがここには前記昭和八年の大審院判決に一応従つて発生するものといわなければならない。また取締役の権利義務の終期は、民法の委任の終了事由(民法第六五三条)の発生時の外、任期の満了(商法第二五六条)、定款所定の資格喪失による終任、辞任、解任の時であるが、商法は第二五八条一項に特則を設け取締役欠員の場合にその補充の時まで権利義務の残存することを定めている。さてこの始期から終期までの間において取締役の権利義務すなわち職務執行の権限を制限する規定としては、商法は第二七〇条を設け(第二七二条の規定もあるが同条は厳密には職務執行とは云いがたいものと考える)。代行者のそれにつき同法第二七一条を設けているのみである、後任取締役も取締役である以上その職務執行の権利義務の制限は以上述べた法理により決せられるべきであることは、理論上当然のことであり、前述のとおり代行者の職務執行の制限につき特に制限を設けてあるのに後任取締役のそれにつき何等制限規定のないところからもそのように解される。前記昭和八年の大審院判決は、取締役の職務執行停止及び代行者選任は臨時株主総会の決議を制限若しくは禁止するものではなく、仮処分の趣旨内容と抵触しない以上株主総会の権限に属する如何なる事項についても決議をなし得るものとし、後任取締役の選任は欠缺するに至つた会社の機関を整備する必要に出でたものであるから仮処分の禁止するところでないとしている。この判決の趣旨が、後任取締役選任は機関の整備で必要なことであり仮処分の禁止することでなく、仮処分の趣旨内容に抵触しないとする以上、整備された取締役が、法律により定められた取締役としての職務の執行をすることが、仮処分の趣旨内容に反するというのでは首尾一貫した理論とはいいがたい。昭和八年の大審院判決及び原審判決のように後任取締役の職務執行の権限を制限しようとするならば、仮処分取消までは後任取締役の選任決議そのものを制限付とする、すなわち選任の効果が仮処分の取消を条件として発生する趣旨の選任決議か、または選任の効果は直ちに発生するが、選任される取締役の職務執行の権限は、仮処分の取消を条件として発生する趣旨を含めた決議しか株主総会はなし得ない、としなければ理論的でない。前記昭和八年大審院判決及び原審判決は、商法の前記実体規定を明文の存しない手続規定の解釈により制限するもので許すべからざるものといわなければならない。

(三) 原判決の前記判示における解釈は前記の如く取締役の競業禁止、自己取引の禁止、取締役の義務違反に対する罰則、独占禁止法の役員兼任禁止の諸規定の適用に関連し不当な結果を生ずる。

商法は第二六四条において取締役に競業避止の義務を負わせまた同第二六五条において取締役と会社間の取引を制限しているが、商法上前記後任取締役につきその適用を制限した規定がない。若し前記後任取締役につきこれら規定の適用を除外するならばこれを規定を設けた趣旨に反して不当であり、若し適用ありとするならば原審判決によると取締役の権利義務を分割し、義務のみを認め、権利を認めないことになつてこれが不当であることは容易に理解し得るところである。商法第四八六条及び同第四八七条の適用についても同様の問題が生ずる。また私的独占禁止及び公正取引の確保に関する法律第一三条及び第一四条三項の規定の適用を前記後任取締役につき除外することは不当であろう。しからば後任取締役の職務執行の権限を制限することも不当に帰する。

(四) 後任取締役に職務執行の権限を認めないことは、株主の意思および株主並びに会社の利益に反する。経営者たる取締役員と会社との間に委任関係が成立つのであるが、株主との間に直接の関係が成立つものでないことは、会社が法人格を有する以上当然である。しかしながら会社活動の主体をなす取締役は株主総会を媒介として会社の資本の実質的所有者である株主と間接的な委任関係に立つものであつて、この関係は経営の自律性が高度化し経営機構の権限が拡大されるにつれて信託された色彩を濃厚にせざるを得ないのである(学説判例総覧商法会社編下一〇五二頁実方。)、資本主義制度の高度化に伴い経済活動は株式会社制度の発達を促し、国家の重要産業は殆んど株式会社という企業体により行われているのみならず、国際間の経済交流の発達した今日国際的経済交流に関係ある企業は全部といつてよいほど株式会社組織により行われているのが現状である。しかして、国内的、また国際的経済変動に応じ会社活動の臨機応変性が高度に要求される今日会社活動の主体たる取締役の手腕力量は益々重要性を加えつつあるのである。このような社会経済事情下において、株主が株主総会を通じその手腕力量を信頼して特定の者を取締役に選任することはその者をして取締役としての職務を執行せしめようとする意思でありかつその利益に合致するものであることは言をまたないところである。また極めて多くの場合裁判所は弁護士の職にある者を代行者として選任していて、その一時性から職務執行の権限も常務に限られている現行法下において、後任取締役が選任された後まで代行者に職務を執行せしめ、後任取締役の職務の執行を停止しておくことは株主の意思ではあるまい。また仮処分取消までの相当期間常務を超える会社業務の執行を都度裁判所の許可に係らしめてある現行法下において仮処分取消までの相当期間代行者にのみ職務執行を認めることは、会社の臨機応変的活動を阻害し会社企業を破壊に導くものであるが、一会社の倒産が連鎖反応を起す今日原審の解釈は会社に対してのみならず、一般経済界に対しても不利益且つ有害でもある。

(五) 原審判決の前記解釈は二重登記を許す結果となり商業登記の混乱を来し、取引の安全を阻害し不当である(前記谷川ジュリスト一五七号六五頁)。前記後任取締役の選任登記を正当のものとして法務局はこれを受理しているが、裁判所がこの受理を不法としていることは上告人は未だかつてこれをきかないし、学者間にこれを反対した者をかつて知らない。現に本件においても法務局はこれを受理しているのである。商業登記には不動産登記と同様に権利確保の効力がある。すなわち既存の権利、法律関係、資格等を確保する効力を有し、登記および公告後(臨時特例法により登記の時に公告があつたものとみなされている)は善意の第三者にも対抗することができるものとされている(伊沢孝平註釈商法総則六一頁)。ここに対抗とは登記事項の内容なる事実を主張することができることである。

法務局の取扱として、商法第二五八条一項により取締役が退任した後なお職務執行の権利義務が残存している場合は登記の抹消をしないこととしているのも、登記は職務執行の権限を有することの公示だからである。しからば裁判所及び法務局が前記後任取締役の選任登記を仮処分の取消前に認めていることは前記後任取締役にその職務執行権を認めたものと解しなければこれを理解することができない。若し登記は認めるが、職務執行権は認めないというのであれば不実記載の登記を認める結果となる。商業登記の原則は不動産登記のそれと同様に、新しい事実の登記が適法のものとして受理されたときは、これと矛盾する旧登記はこれを抹消するとするのが原理であり、これに例外を認めることは登記の混乱を来し、登記の原則の破壊である。本件の場合福岡法務局は代表取締役中山国俊及び同江里口徹男の登記をも受理し、同時に商法二五八条二項により選任された代表取締役代行者植田夏樹の登記を朱まつしたが、これらの行為は前記後任取締役に職務執行の権限を認めることを前提としているものといわなければならない。すなわち、法務局自体において登記手続に混乱を来しているのである。商業登記規則第六一条の規定は上告人のこのような解釈に矛盾するものでないことは後述のとおりである。

第三点(商業登記規則第六一条の解釈)

原審判決は「商業登記規第六一条は上記説示(前記一および二において述べた判示)の法解釈に即応して関連の登記手続を規定したものと解せられる」と判示しているが、これも同法条解釈を誤つたものである。これを詳論すれば

(一) 商業登記規則第六一条第一項及び第二項は次の如く規定している。すなわち

第一項 「株式会社の取締役、代表取締役又は監査役の職務を一時行う者に関する登記は取締役、代表取締役又は監査役の選任の登記をしたときは朱まつしなければならない」

第二項 「取締役又は監査役の職務の執行停止又は職務代行者選任に関する登記は、その取締役又は監査役の選任決議の無効若くは取消又は解任の登記をしたときは、朱まつしなければならない」。

(二) これらの規定の解釈につき原審判決は、前記のようにきわめて簡単に説示しているに過ぎないが、要するに次の前提に立つているものと判断される。すなわち

(1) その第一項は、商法第二五八条二項及び同第二六一条三項による一時取締役又は代表取締役の職務を一時行うべき者の選任、換言すれば非訟事件手続により選任される代行者の登記の朱まつの場合の規定である。

(2) その第二項は商法第二七〇条の仮処分による職務執行停止及び代行者の選任があつた場合につき本案訴訟が取締役の選任決議の無効若しくは取消又は解任の判決が確定したときの代行者の登記朱まつの場合の規定である。

(3) 仮分処による職務執行停止及び代行者選任があつたが、本案訴訟の判決をまたずに職務執行停止中の取締役が辞任、任期の満了又は株主総会による解任により株主総会において後任取締役が選任された場合の登記については規定が存しないから、この場合は後任者の選任登記があつても代行者の登記朱まつは当然には行わず仮処分取下又は事情変更を理由として取消があつてはじめて行うべきものである。

以上の(1)ないし(2)の解釈は原審判決が前提としているのみでなく、下級裁判所の判例や一部学者及び法務省のとつている見解であるようである。しかるに

(イ) 前記商業登記規則第六一条一項の規定を商法第二五八条二項及び同第二六一条三項により選任する代行者のみにその適用を限定することは理由がない。これらの条項により選任する場合も同法二七〇条一項により選任する場合も何れも手続の性質は非訟事件的性質を有すること、また会社の機関の欠缺による会社活動の支障防止の目的に出づることにおいてかわりがなく、後者の場合も解釈上後任者の選任までの一時的暫定機関とされている等前述のとおり(前記一の(二))であつて、かれこれ区別する理由がないのみならず、何れも商法に規定された代行機関であるから同項が商法第二五八条一項及び同二六一条三項の場合のみにつき規定したと解する理論的合理性も必要も存しない。

(ロ) 前記第二項の規定は、前述のとおり仮処分により選任された代行者は本案訴訟における取締役選任の決議無効、若しくは取消又は解任の判決が確定しさえすれば登記が朱まつされ、資格を争われた取締役の前任者の任期が残存しておれば勿論任期が満了していても商法第二五八条一項の職務権限が残存しておれば回復登記がなされるので後任者選任ということが問題とならないのでこれを第一項から区別して規定したまでのことである。

(ハ) 前記判示の如く解する結果は、前述のとおり(二の(四))二重登記を認める結果となり登記の混乱ひいては取引の安全を害して登記制度の目的に反している。

しかも二重登記を認めることは商業登記法違反である。若し代行者に職務執行権があるものとしてこれが登記を抹消しないならば、後任取締役の登記を受付けてはならない。ところで、後任取締役の選任登記は登記事項の変更として一定期間内にこれをなさなければならないことは商法の規定するところでありこの違反には罰則がある。しかして後任取締役の登記につきこれに例外を認めた規定は存しない。しかりとすれば後任取締役の選任登記は一般取締役のそれと同じくその選任があれば一定期間内にこれを登記することが要求されているものというべくこの登記を認める以上はその職務執行の権限を認めなければ不実の登記を強制する結果となる。要するに、後任取締役はその選任と同時に、その職務執行の権限が発生し同時に代行者はそれを喪失するものと解しない限りこの矛盾は解決されない。

これらの点から上告人は前記商業登記規則第一項は仮処分の場合の後任者選任の場合も含めた規定と解するものであつてこれにより二重登記の不当な結果から免れ得るものと解するし、またかく解するにつき何等の無理も不当も存しない。

以上の解釈によれば本件においては後任取締役により構成された取締役会において中山及び江里口を代表取締役に選任した行為は有効である。

第四点 (後任取締役の代表取締役選任権)

原審判決は「仮処分による職務執行停止は全面的であると解すべきであるから、後任取締役は代表取締役は代表取締役の選任も亦これをなすことができない。株主総会による後任取締役の選任が仮処分中であつても有効にこれをなし得る……が、それは該選任が仮処分の趣旨、内容に背馳しないからである。これに反し、同じく会社の機関であつても取締役会により代表取締役を選任することは、仮処分の趣旨、内容に抵触するから許されないのであつて両者は固より同日に論ずることができない」と判示している。この判示は、上告人はこれを前記一ないし三に述べた上告理由の帰結として、法の解釈を誤つたものとするのである。仮りに百歩を譲り上告理由第一点ないし第三点における上告人の解釈が容れられないものとするも、この判示は法解釈を誤つたものといわなければならない。これを詳説すれば

(一) 職務の執行の停止は全面的であるから後任取締役もこれをなすことはできないとしているが全面的に職務執行停止を受けたものは、辞任した取締役が辞任前の資格において職務の執行をする権限の停止であつて、仮処分命令の内容には後任取締役の職務の執行を停止するとはなつていないのである。この原審判決の理論からすれば、後任取締役選任の株主総会の決議に無効取消理由が存する場合であつても、仮処分の取消前においては、これら後任取締役の職務執行停止の仮処分申請は許されないこととなつて不当である。前記昭和八年の大審院判決も職務の執行の停止が全面的であるから後任取締役に職務執行の権限を認めないとは説いていないのである。単に代行者と後任取締役が対立競合する結果代行者に優先的に認めようと言つているのに過ぎないのである。これを要するに後任取締役に職務執行権を否認することは、仮処分による職務執行停止が全面的であることの論理的帰結としてはなし得ない。

(二) 後任取締役による代表取締役の選任は仮処分の趣旨内容に反しない。

原審判決のいう仮処分の趣旨、内容が何を指すのか不明であるが、その立言からみて仮処分による執行停止が全面的であるからというようにもみられる。とすればこれが当らないことは前述のとおりである。前記大審院判決の趣旨は代行者の職務権限と後任取締役の権限が対立競合するから代行者の職務執行の権限を優先させるべきだというのであるから、この見地からして裁判所が代行者に与えてある前記権限を後任取締役が行使することは仮処分命令の禁止するところだ、としているように解される。そうだとする競合もない職務の執行であつて、しかも代行者に職務執行の権限を与えた趣旨に反しない職務の執行行為は、仮処分命令の禁止するところでないと解さなければならない。前記大審院判決はまた、前述のよう株主に総会が取締役を選任する行為は欠缺するに至つた会社の機関を整備する必要からするものであるから、仮処分が禁止するものでないとしている。さて前記大審院判決がなされた旧法下においては、代行者は取締役の有する職務執行の限権の全般にわたつてその職務執行の権限を有していたが新法の下においては常務のみに限られることになつたのである。しかも旧法では各取締役が会社の代表権を有していたので取締役による代表取締役選任という制度も存しなかつたのである。しかも新法ではこの代表取締役選任は常務に属しないのである。してみるとこの代表取締役選任は後任取締役が専ら行うべき職務であつて代行者の職務執行の権限との競合もないから、仮処分命令がこれを禁止しているところでなくまたその理由もない。しかも、この後任取締役による代表取締役選任は取締役よりも、より重要な会社機関の整備であるから仮処分が禁止するものでないといわなければならない。したがつて、後任取締役による代表取締役選任は仮処分の内容趣旨に反しないものというべきであつて、この点において前記原審判決は法律の解釈を誤つており、また仮処分のどのような内容趣旨に反しているかを明らかにしていない点で理由不備というべきである。

(三) 代表取締役の選任は取締役に課せられた義務であることは商法第二六一条一項の規定するところであつて、この義務は後任取締役といえどもこれを免れることはできない。しかもこの選任は前記のように代行者には与えられていない職務執行権限でもあるから、これを仮処分で禁止することは商法違反である。若し、このような選任の禁止をも内容や趣旨とする仮処分命令があればその仮処分命令は違法であつて無効といわなければならない。

以上の解釈によれば、仮りに後任取締役に全面的には職務執行の権限が認めがたいものとしても、代表取締役の選任の権限は認められているものであつて、本件において後任取締役により構成された取締役会において、中山及び江里口を代表取締役に選任した行為は有効である。

第五点 (後任取締役により選任された代表取締役の職務執行の権限)

原審判決は前記のように後任取締役には職務執行の権限がないとするところから、代表取締役の選任の権限もないとしているのであるが、その結果は、後任取締役による代表取締役選任行為は無効であり、かくて選任された者が会社を代表する行為は無効としているものである。しかるにこの原審判決の判示は二(上告理由第二点)において論じたように法律の解釈を誤つたものであつて、後任取締役は前記のように全面的に職務執行の権限があるのであるから、これら取締役により選任された代表取締役が、選任と同時に代表取締役としての職務の執行をなし得るのは当然のことである。若しかりに後任取締役に全面的に職務執行の権限があるとすると前記上告人の解釈は容れられないが、代表取締役の選任のみは仮処分の趣旨に反しないということで容れられるとするならばその場合も以下述べる理由により、同様に代表取締役は選任と同時にその職務執行の権限を有するものと解すべきである。後者の場合については代表取締役は取締役をも兼ねるものであるから、取締役としては全般的には職務執行権が認められないのに、代表取締役として会社の代表行為については全般的職務執行の権限を認めることは一見不合理のようであるが、代表取締役のこの権限は会社を代表する行為に限られ、常務については代行者が職務を執行するので両者競合がない、のみならず常務に属しない行為で既に有効に従前の取締役会において議決されている事務があれば、代表取締役が会社を代表してこれを執行しても不当でない。しかもこのような事務の執行は寧ろ会社の利益に合し仮処分の禁止するところでないというべきである。本件においては後任取締役により代表取締役に選任された中山及び江里口は、右の何れの解釈をとるも選任の時から代表取締役としての職務執行の権限があつたのである。福岡法務局は右両名を代表取締役としての登記申請を受理し、同時に商法第二五八条二項により選任された植田夏樹の代表取締役代行者としての登記を朱まつしているが、これは前記の後者の解釈に従つていることは明らかである。更に仮に、前記の何れの解釈も認められないとすれば、後任代表取締役は仮処分の取下又は取消の時から職務執行の権限があるものと解すべきである。この解釈によれば本件の場合本件仮処分は昭和三二年一月一四日に取下げられたから、同日から中山及び江里口は職務の執行権はあることになり、同年一月一七日の公正証書による本件土地売買契約又は同年一月一二日の売買契約の追認行為は有効である。仮りにこれらの日時に売買の効力が発生していないとしても同年四月二五日の売買代金受領の日に追認行為があつたものとして本件売買は有効であつて原審判決は法の解釈適用を誤つたものである。

以上

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